

ビジネス領域においても、生成AI(人工知能)は急速に普及しつつある。2023年にOpenAIの「ChatGPT Enterprise」が登場してから、この動きはさらに加速している。こうした中で、2025年4月に発表されたNTT DATAとOpenAIのグローバルでの戦略的提携の発表は、大きなインパクトがあった。両社のパートナーシップにより、どのような価値が創出されるのだろうか。NTTデータグループの佐々木裕社長と、OpenAI Japanの長﨑忠雄社長が、生成AIによるビジネスの変化と未来について語り合った。(文中敬称略)
企業規模を問わず500万以上のユーザーが
「ChatGPT Enterprise」を活用
――2022年11月に「ChatGPT」が公開されてから、生成AIが急速に普及しています。ビジネス領域でのAIおよび生成AI活用については、どのように見ていますか。
長﨑 ChatGPTにおいては、週間アクティブユーザー数(WAU)は、この夏7億人に達する見込みです。また、500万以上の有料ビジネスユーザーがChatGPT Enterpriseを活用しており、日本での導入も早いスピードで加速していて、世界でトップ5の市場に位置しています。企業規模を問わず、あらゆる業種業態のお客さまに導入されており、営業や人事、財務、研究開発などさまざまな用途で日々使われています。

OpenAI Japan合同会社
代表執行役社長
長﨑 忠雄 氏
佐々木 NTT DATA内でもChatGPT Enterpriseを業務に使用しています。代表例の1つはコンサルティングの調査業務で、その速さと効率性を実感しています。コンサルティングだけでなく、今後、多くの業務が大きな変貌を遂げることでしょう。
長﨑 AI時代を見据えた取り組みは大学でも進められています。OpenAIが教育機関向けに提供する「ChatGPT Edu」は米国の大学で学生や教員などに活用されており、「AIレディ・ワークフォース(AIに対応した人材)」を社会に送り出そうという動きが始まっています。AIの社会実装が本格化しつつあります。
佐々木 NTT DATAが国内外で接するお客さまの多くも、AIを前向きにとらえています。グローバルでは、生成AI関連だけですでに1,000件以上のプロジェクトを受注しました。個々の社員が使うことから始まり、業務プロセス自体を生成AIが代替し、企業のファンクションをAIにリプレースしていく動きが広がるのではないでしょうか。私たちは昨年「Smart AI Agent」というコンセプトを発表しました。AIエージェントがオーケストラの指揮者のように、個々のタスクを自律的に実行する専門エージェントを束ねて複雑な業務を遂行するというものです。こうしたAIエージェント関連の事業により、当社は2027年にグローバルで3,000億円の売り上げをめざしています。
両社の戦略的提携は
1+1=2以上の効果
――NTT DATAとOpenAIは今年4月、グローバルでの戦略的提携を発表しました。
佐々木 当社はOpenAIの日本初の販売代理店として、ChatGPT Enterpriseの提供を始めました。戦略的提携の発表後、金融・保険・製造業や官公庁など幅広い業界のお客さまから数百に上る問い合わせが寄せられています。まずは、日本の多くのお客さまのChatGPT Enterprise導入を支援し、効果的なユースケースを増やしたいと考えています。その経験を生かしながら、海外のお客さまにも生成AIの価値を提供していきます。
長﨑 私たちは汎用(はんよう)的なAIにより、世界中の人たちの幸せに寄与したいと考えています。この取り組みをスピーディーかつ大規模に進めるためには、パートナーとの協業が欠かせません。あらゆる業界の業務に精通し、優秀な人材を多数擁するNTT DATAは最適なパートナーです。しかも、国内外の多くの企業との長年の信頼関係をお持ちです。両社の戦略的提携により、1+1が5にも、10にもなるだろうと期待しています。

株式会社NTTデータグループ
代表取締役社長
佐々木 裕
――具体的な進め方、戦略的提携の意義などをお尋ねします。
佐々木 NTT DATA内では、先に話したコンサルティングの調査業務以外にも、ChatGPT Enterpriseの全社的な導入を進めているところです。最近の週間アクティブユーザーは9割以上で、多くの社員が活発に活用しています。特に財務や人事、購買などのバックオフィス業務で効果的な使い方ができるのではないかと思っています。こうして社員が活用の勘所などを習得し、その成果をお客さまに提供していきたいと考えています。そのためにOpenAI専門組織「OpenAI Center of Excellence(CoE)」を新設し、OpenAIの新たな技術の社内展開を支援するとともに、お客さまへの導入に向けたノウハウを集約しています。
長﨑 生成AIは従来のデジタルツールとは大きく異なり、個々の問題解決に非常に効くツ―ルです。個人が使用して個々の問題解決が進むことで、徐々に部門間や組織間のワークフロー自動化が実現し、最終的にはお客さまに提案するときの勘所が分かってくるものだと考えています。NTT DATAの皆さんがまず使いこなした上で、お客さまの導入をサポートするというのは、まさに理にかなったアプローチだと思います。先ほどAIレディ・ワークフォースという言葉を使いましたが、今後は多くの企業でそうした人材の厚みが求められるでしょう。OpenAI Japanとしては、NTT DATAのAIレディ・ワークフォース育成も支援していく考えです。

AI導入で起こる産業変革
社会にポジティブなインパクトを
――NTT DATAが提供する「OpenAIアクセラレーションプログラム」についてうかがいます。
佐々木 「OpenAIアクセラレーションプログラム」は、大企業のお客さまを中心に、ChatGPT Enterpriseによるユースケース創出を支援する取り組みです。今後は人に適したタスクとAIに適したタスクが分かれていくことでしょう。とすれば、企業全体を視野に入れた業務のリ・デザインが必要です。ChatGPT Enterpriseの導入とともに、大きな変革が求められると思います。このプログラムでは、ユースケースの創出、お客さま社内のCoE活動支援、AIエージェントの構築など、当社コンサルタントがお客さまに伴走し、ChatGPT Enterpriseの活用を通じた業務変革をお客さまと共に推進します。
長﨑 日本には少子高齢化など大きな社会課題があり、企業も生産性やエンゲージメントなどの観点で課題を抱えています。私たちは、これらを機会としてとらえるべきでしょう。その機会を生かす上で技術は重要ですが、経営層の変革への意志も不可欠です。ときには、「AIに合わせる勇気」も求められると思います。AI以前から企業の大きな変革を支援してきたNTT DATAと共に、私たちも日本企業のリ・デザインと日本におけるイノベーションに貢献したいと考えています。
――日本と世界の産業変革は今後、どのように進んでいくでしょうか。
長﨑 例えば、金融サービスであればリスク分析やコンプライアンスチェック、財務諸表の作成支援など幅広い業務でAIが使われ始めています。また、知的労働者が一種のアシスタントとして活用するケースも増えました。意思決定に関わるプロセスなども、今後大きく変わることでしょう。
公共分野でいえば、OpenAIは今年6月に米国防総省との間で年間2億ドルの契約を締結しました。このほか、膨大なマニュアル類を生成AIに読み込ませて、ユーザーが自然言語で情報を呼び出せるようにした製造業や、生成AIによりパーソナライズされた購買体験を実現したサービス業など、さまざまなユースケースが生まれています。
佐々木 生成AIのビジネス活用では、北米の取り組みが先行している印象があります。OpenAIから先進事例を紹介してもらいながら、私たちも活用のノウハウを磨いていきたいと思います。当社は先日、パートナー企業と連携・協業し、幅広いエコシステムによってお客さまの多様なニーズに応え、お客さまの変革を包括的に支援する「Smart AI Agent Ecosystem」を発表しました。その重要な第一歩がOpenAIとの提携です。私たちは”Accelerate client success and positively impact society through responsible innovation.”というミッションを掲げています。産業変革を進めるうえで、特に「responsible innovation」、つまり責任あるイノベーションが重要だと考えています。生成AIという技術を、社会に混乱を与えることなく、ポジティブなインパクトをもたらす形で社会に実装する。そんなイノベーションを、OpenAIと共に実現していきたいですね。
長﨑 大いに共感します。OpenAIは新たなモデルをリリースする際、倫理性や安全性に関する徹底的なチェックを行っています。ただ、技術の進化が非常に速く、1企業だけで責任を果たしていくことは困難です。責任あるAIの社会実装に向け、NTT DATAと共に社会や企業が安全にAIを活用するための仕組みづくりなどにも取り組みたいと思います。

AIによるビジネスの変革パートナーとして
NTT DATAのグローバルネットワークを活用
――OpenAIにおいて、日本市場はどのような位置づけになるのでしょうか。
長﨑 2024年4月、OpenAIは米国以外で初の海外拠点として、日本オフィスを立ち上げました。この事実が日本市場へのコミットメントを示しています。AIの社会実装に欠かせない安全性、品質などの観点で、日本市場の要求水準は世界でも最高レベルです。そのような市場で鍛えられることで、私たちの技術も磨かれるでしょう。
佐々木 両社の協業を皮切りに、「日本で磨かれた技術によって、世界がより良くなる」というような循環をめざしたいですね。当社の海外売上高は全体の約6割、社員の75%が海外拠点で働いています。また、世界50以上の国と地域で事業を展開しています。このグローバルネットワークを通じて、日本で創出したユースケースを世界に展開します。
また、私たちはデータセンター市場においても世界3位のポジション※にいます。「機密情報を外部に出したくない」というお客さまに対しては、データセンターを活用してセキュアなAI環境をフルスタックで提供できます。信頼できるAI技術を軸としたサービスを展開していくために、OpenAIとの技術的な連携も期待しています。
世界に先駆けた優れたユースケースを創出し、多種多様なお客さまのニーズに対応してお客さまの変革パートナーとして伴走していきたいと考えています。
- ※ 中国事業者を含まず。Structure Research 2024.7 ReportよりNTTにて作成

- ※ 本記事は日経電子版に掲載した内容を許諾を取って掲載しています。